札幌市立大學 SAPPORO CITY UNIVERSITY

學長メッセージ

理事長?學長の中島 秀之からみなさまへのメッセージです。

理事長の顔寫真

2018年4月
理事長?學長
中島 秀之Hideyuki Nakashima

四季折々の彩りに満ちた創造都市?札幌に、札幌市立大學(SCU)のキャンパスがあります。 「デザイン(D)」と「看護(N)」の2學部?2研究科は、それぞれに高度な専門教育を行うとともに、〈D×N〉の密接な連攜を生かして、人びとが生き生きと暮らし合える「ウェルネス社會」の実現に取り組んでいます。
現在、人工知能技術が飛躍的発展を見せています。これからの暮らしは大きく変わることと思います。この激動の時代に、未來を拓き擔うのは、若い諸君です。受け身ではなく、自らが新しい社會のデザインに參畫していくのだという気概が必要です。大學は、學生の皆さんが、自らの內に潛む個性や才能を見つけ出し、生涯の糧となる知の基盤を築く大切な時空間です。SCUは、実社會に広く目を向けながら、専門性を深く探究できるバランスの取れたカリキュラムを整備し、諸君が社會で活躍できる素地を育成します。
SCUのキャンパスで、明日の社會のあるべき姿を描き合いましょう。

2021年度 札幌市立大學 入學式 學長式辭(2021年4月3日)

新入生の諸君、札幌市立大學へようこそ。進學した諸君も含め、これから學部?研究科?専攻科でそれぞれ新しい學びが始まります。皆さんの勉學が順調で実り多いものであることを期待しています。毎年申し上げていますが、入學は諸君の學びの入口なので、目出度いものではありません。目出度いのは出口、數年後の諸君の卒業、修了の時です。
 
この1年、コロナウイルス感染癥Covid-19が世界を席巻しました。さまざまな日常生活が阻害されて來ました。特に學生諸君にとっては仲間との交流機會が激減しましたし、今年入學の諸君にとっても制限された學生生活が予想されます。
 
一方で良い変化もありました。日本は昔から、黒船のような外圧がなければ変われないと言われていますが、奇しくも感染癥が外圧になった変化がありました。企業の働き方改革が進みましたし、我々大學においては教え方の多様化が進みました。実はこれらの新しい方式は以前から技術的には可能でした。しかし、社會的にそれを認めない、古い世代の力が強かったのです。若い世代の諸君には、このような古い世代の習慣に屈しないで、新しい看護、新しい社會のデザインというものを學んでいただきたいと思います。
 
AIの進化で社會の変化が加速しています。諸君の學びも変わります。これまでは大學を出て就職したらその會社、その専門分野で一生働くというのが基本でした。しかし、これからは変わります。大學で學んだ専門知識は10年もすれば古いものになっていきます。分野そのもの、仕事そのものが変わるかもしれません。
 
ですから、諸君には専門知識だけではなく、知識の學び方、AIを道具として使う方法などを學んで欲しいと思っていますし、大學の教育も「リベラルアーツ」を重視する方向に変えていきたいと思っています。リベラルアーツとは自由人であるための技術です、自由に考え、學ぶ力です。本學が重視しているデザインマインドもリベラルアーツの一つです。専門科目はオンライン配信できても、リベラルアーツは人と人の繋がりが大事なので対面授業が中心になると思います。
 
本學はデザイン學部と看護學部から構成されており、開學以來両者の協調を目指し、DesignのDとNursingのNをとってD × N(DバイN)をモットーとして來ました。今年からこれらの下支えとしてA Iを加え、D N Aをモットーにしたいと考えています。ご存知のようにD N Aは生命の情報を表すものです。これからの社會の根幹になくてはならないものだと思います。
 
諸君がこの大學で専門知識に加えてリベラルアーツを身につけて社會に巣立っていくことを期待して歓迎の言葉といたします。

2020年度 札幌市立大學 卒業式?修了式 學長告辭(2021年3月19日)

卒業生、修了生の皆様おめでとうございます
 
この1年は世界的にも激動の1年でした。COVID-19の影響で生活が根本的に変わってしまった人もいます。學生諸君も対面授業が減り、特に看護學部の諸君は実習に出られず大変でしたね。
 
それらを乗り切っての卒業?修了は特に目出度いと思います。
 
私は最近「友人」というものについて考えるようになりました。これまで當たり前のように飲みに行っていた時は単に仲が良いくらいに思っていたのですが、それらのうち何人が生涯の友と呼べるのかと考えたりしています。學生時代の友人というのは社會に出てからも様々な絆で結ばれていることが多いようです。諸君の學生生活の1年間が友情を育めなかったのでは無いかと心配です。
 
でも、ひょっとすると取り越し苦労かもしれません。若い人たちはSNSなどを使いこなして普通に交際していたのかもしれません。
 
COVID-19騒ぎが治まればこれまでの生活に戻るかというとそういうことはありません。世の中どんどん変化が激しくなっていくと思います。オンラインの會議などはうまく使うと非常に効率的です。
 
今年度はインターネット配信での卒業式?修了式となりましたので、せっかくですからスライドを使用してお話したいと思います。
 
スライド01
「AITはすべての分野の礎、デザインはすべての工學の礎」
私は最近AIとITを重ねてAITと読んでいます。AITは他の分野と橫並びに存在しているのではなく、すべての分野の礎として、他分野とは直交した位置づけになります。バイオインフォマティクスはバイオロジー(生物學)をインフォマティクス(情報學)の観點から研究する分野ですし、天文學や醫療関係ではコンピュータがないことには寫真撮影すらできない狀況です。また、工學系のモノを造りあげる分野では良いデザインも必須です。デザインもAIT同様に礎となります。
 
スライド02
「今年からDNA」
本學では開學以來D×Nということでデザインと看護の協調を目指していましたが、そこにAITの底支えが入ることで実用に耐えうる領域になることができると考えています。今年からはDNAと呼ぶことにしました。
 
スライド03
「ソサエティ5.1(中島版)」
政府や経団連は「ソサエティ5.0」という掛け言葉は作りましたが、その具體的なデザインは示されていません。そこで私なりのバージョンアップをして、ソサエティ5.1というのを考えてみました。個人の働き方や教育の方法は思いがけなくもCOVID-19の影響で変わりつつあります。また、AITの導入で仕事は軽減されますから、これまで以上に「生きがい」を模索していく必要があると思います。生涯教育も今後ますます大事になってきますから、諸君が社會に出た後にまた大學に戻ってくる機會が増えると思います。看護ではすでにそういう仕組みが出來ています。
 
スライド04
「リベラルアーツ」
AIが専門教育を擔うようになれば、人間の教師はリベラルアーツに注力することになると思います。アートとは技術のことです。AITを使いこなすために必要な技術として、情報技術、デザイン學、統計、日本語、哲學、人類の歴史、蕓術を提案しています。
 
最後になりますが、これからの激動の社會の変化に向けて諸君が無事対応して行けることを期待します。「鶏口となるも牛後となるなかれ」という中國の故事成語がありますが、これは大きな組織の中で従う立場(牛の尻)にいるよりも、小さな組織でも長(鶏の口)になりなさいという意味です。しかし、変化の激しいこれからの社會においては、大きな牛が良い、鶏でも口になった方が良いということではなく、小さい鶏の方が融通が利き、社會を生き抜く力があると解釈しています。変化が激しい時には大きな企業は不利です。小回りが効きません。ベンチャーなどの小さな企業にチャンスがあると思います。
 
諸君の活躍を祈ってお祝いの言葉とします。

2020年度 札幌市立大學 入學式 學長式辭(2020年4月2日)

新入生の諸君、札幌市立大學へようこそ。進學した諸君も含め、これから學部?研究科?専攻科でそれぞれ新しい學びが始まります。皆さんの勉學が順調で実り多いものであることを期待しています。とは言え、コロナウイルス感染癥Covid-19の対策のために、従來形式での入學式が行えなくなってしまいました。講義の方も少し遅れてスタートします。社會全體が緊急事態です。
 
東大の元総長の小宮山 氏が『課題先進國』という本を2007年に出しています。少子高齢化や過疎などの社會的課題は諸外國に比べて日本の方が深刻です。これを逆手にとって、我々は諸外國より先に問題に直面しているので、これを解決できれば諸外國のお手本になれるという趣旨の本です。課題が先にあるので解決も先にできる。つまり課題の発生と解決における先進國だという発想です。
 
北海道は日本の中でも特に過疎に関しては、課題先進地域だと思います。コロナウイルスの伝染に関しても早い方でした。この北海道という地の利を活かして、在宅看護を含む新しい看護の仕組みをデザインしたり、新しい働き方をデザインしたりすることができると思います。デザイン×看護を標榜する我が大學の得意技のはずです。
 
私は常々、大學の教育のあり方も変わるべきだと考えていました。2018年度にはこだて未來大學と協定を結び、教育や研究にITやAIを採り入れることを一緒に模索することになっています。そして、今回のコロナウイルス感染癥の対策も意見交換しながら進めています。この対策會議も遠隔で行っていますが、最近の遠隔會議システムはほとんどストレスなしに対面と同等、あるいは資料の提示などは対面以上の効率で行えます。本學は3月の卒業式をYouTubeで配信しましたが、はこだて未來大學は遠隔會議システムを使ったようです。
 
講義も同様の方法で配信できると考え、その準備を進めています。2週間の休講期間はそのために設定しました。コロナウイルス対策というよりも、今後の講義のあり方を見據えて進めたいと思います。従來考えていたことを早めに実施するチャンスなのです。感染癥の蔓延という危機が教育課題の解決を早めてくれたのです。
 
オンライン配信することのメリットの一つは複數の大學で講義を共有できるという點です。既にアメリカの大學などではMOOCという形で講義を配信しており、それを他の大學が利用しているケースがあります。日本でも一部始まりつつありますが、本學ははこだて未來大學と協力しつつ、日本のトップランナーになりたいと思っています。
 
AIの進化で技術革新や社會の変化が加速しています。諸君の學びも変わります。これまでは大學を出て就職したらその會社、その専門分野で一生働くというのが基本でした。しかし、これからは変わります。大學で學んだ専門知識は10年もすれば古いものになっていきます。分野そのもの、仕事そのものが変わるかもしれません。
 
ですから、諸君には専門知識だけではなく、知識の學び方、AIを道具として使う方法などを學んで欲しいと思っていますし、大學の教育も「リベラルアーツ」を重視する方向に変えていきたいと思っています。本學が重視しているデザインマインドもリベラルアーツの一つです。専門科目はオンライン配信できても、リベラルアーツは対面授業が中心になると思います。また、看護の実習をはじめとして街に出かけていかねばならない場合もあります。様々な講義形態を適宜使い分けて行くのが今後の教育です。
 
諸君がこの大學で専門知識以外にリベラルアーツを身につけて社會に巣立っていくことを期待して歓迎の言葉といたします。

2019年度 札幌市立大學 卒業式?修了式 學長告辭(2020年3月19日)

卒業生,修了生の諸君、そして保護者の皆さま、本日はおめでとうございます。私は本學にやってきて2年目になりますが、入學式のときには新入生に「おめでとう」と言いませんでした。大學に入るということは學びの出発點であって、本當にめでたいのはそれを達成したときです。今日がその日です。
 
世の中には本末転倒というか、手段の目的化ということが多くみられます。本來、何らかの目的のための手段である事柄をあたかもそれが目的であるかのように考えてしまうということです。受験や就活というのも手段であって、決して目的ではありません。
 
これから諸君は社會に出て、企業に就職する人が多いと思います。病院も國公立以外は企業です。でも違和感があるので、もう少し広い意味で法人と呼びます。法人には営利法人と非営利法人があります。営利法人は利益を得ることを目的とする法人と規定されています。でも、私はこの定義に違和感を感じているのです。個人病院が利益目的だというのは違和感がありませんか?病院の目的は金儲けではなく、患者の治療であって欲しいものです。同じ意味で一般の企業にもそれぞれの役割があるはずです。飲食店なら美味しい食事を提供するのが目的でしょうし、自動車會社は自動車を世に出すのがその使命のはずです。このような法人の目的はその定款に書いてあります。定款に利益追求と書いてある法人はほとんどないはずです。ですから私は法人の目的は社會への貢獻であり、利益追求はその手段だと思うのです。資金がなければ活動できませんから。NPOなどの非営利法人はこれを明確に規定したものです。
 
ですから諸君には就職先の法人の社會的役割を果たすことを目的としてもらいたいのです。
 
ところで、中國に深圳という町があります。ここはAI技術の応用に関して中國はおろか世界の最先端を行っているところです。とある企業の駐車場に誰かが車で乗り付けたら、その人の情報が直ちに受付や関係部署に送られると聞きました。AIによる顔認証が使われています。深圳は一度行ってみたいと思っている街です、毎年行くべきだという人もいます。それ程変化が速いのです。
 
今年の1月に深圳から呼ばれて、講演の準備をしていたら、例のコロナウィルス騒ぎで渡航が延期になりました。私は10年ほど前に中國でAIの講演をしたことがあるので、その資料を引っ張り出して來て、使える部分があるかと思ったのですが、全く使えません。つまり、この10年でAIの分野は全く様変わりしてしまったのです。
 
諸君が學んできたデザインや看護の分野にはこれほど激しい変化はないかもしれませんが、著実に変わりつつあります。本學で學んだことが通用しなくなる時代がやってくると思います。ですから自ら學び続けるということを忘れないでいただきたい。時々大學に戻るというのも良いことだと思います。博士課程に入って學び直すこともできます。アメリカなのでは何度も大學院に入り直して複數の分野の博士號を持った人もいます。
 
AIが進化して、様々な知的作業をこなすようになると思いますが、AIはあくまで知的な道具です。あるいは有能な助手です。これからの社會ではAIをうまく使いこなすことが大事です。これは必ずしも出來合いのAIプログラムを使いこなすというだけに限らず、自ら新しい使い方をデザインし、仕事をより実り多きものにしていくということを含みます。看護學部の諸君も學部連攜授業でデザインマインドを身につけたと思います。
 
この大學から巣立つ諸君が社會や仕事の新しい形をデザインするようになってくれることを祈りつつ、お祝いの言葉とします。

2019年度 札幌市立大學 入學式 學長式辭(2019年4月2日)

新入生諸君、札幌市立大學へようこそ。これから皆さんの大學での學びが始まります。めでたいのは學業を終えた時です。卒業式、修了式でおめでとうと言えることを期待しています。
 
近年、深層學習(Deep Learning)の発達によりAIが驚異的な進化を遂げています。札幌市立大學(SCU)は「デザイン(D)」と「看護(N)」の2學部?2研究科から構成され、開學以來〈D×N〉の密接な連攜を生かして「ウェルネス社會」を目指した教育?研究を続けてきました。ここにAIの力が加わることで、〈D×N〉が完成します。
 
AIの進化で技術革新や社會の変化が加速しています。諸君の學びも変わります。これまでは大學を出て就職したらその會社、その専門分野で一生働くというのが基本でした。しかし、これからは変わります。大學で學んだ専門知識は10年もすれば古いものになっていきます。分野そのもの、仕事そのものが変わるかもしれません。
 
ですから、諸君には専門知識だけではなく、その學び方、AIを道具として使う方法などを學んで欲しいと思っていますし、大學の教育も「リベラルアーツ」を重視する方向に変えていきたいと思っています。
 
リベラルアーツというのはギリシャ?ローマ時代に市民として生きていくための基本的技能のことです。アートという単語には美術という意味と技術という意味がありますが、リベラルすなわち自由市民として生きていくための技術のことです。
 
ギリシャ?ローマ時代のオリジナルのリベラルアーツは、
     文法、修辭學、論理學、算術、幾何學、天文學、音楽
の7科目でした。文法、修辭學、論理學が思考とその伝達に関すること、算術、幾何學、天文學が外の世界に関すること、そして音楽です。
私はAIとITを使いこなすために必要なリベラルアーツとして
     情報技術、デザイン學、統計、日本語、哲學、人類の歴史、蕓術
の7科目を提案しています。情報技術の理解はこれからの社會で生きていく人達に共通と重要な素養だと思っています。日本語はギリシャ?ローマ時代の文法、修辭學、論理學を含んだものです。
 
諸君がこの大學でこれらのリベラルアーツを身につけて社會に巣立っていくことを期待して歓迎の言葉とします。

2018年度 札幌市立大學 卒業式?修了式 學長告辭(2019年3月19日)

卒業生、修了生の諸君、そして保護者の皆さま、本日はおめでとうございます。私は本學にやってきて1年目ですが、昨年の入學式のときには新入生に「おめでとう」と言いませんでした。大學に入るということは學びの出発點であって、本當にめでたいのはそれを達成したときです。
 
世の中には本末転倒というか、手段の目的化ということが多くみられます。本來、何らかの目的のための手段である事柄をあたかもそれが目的であるかのように考えてしまうということです。受験や就活というのも手段であって、決して目的ではありません。
 
これから諸君が世の中に出て行って働くときにもこの區別を忘れないでいてください。大學にも様々な規則がありますが、會社や病院など、全ての組織に規則があります。でも、規則を守るということは手段であって目的ではないのです。是非、その規則がなんのためにあるのか?どうしてそう決まっているのか?を考えてから行動して欲しいのです。例えば企業の窓口でお客と接するとき、病院で患者さんと接するときに、規則ではこうなっていますから、で止まらないでください。規則の精神は何か?ひょっとしたらこの場合にはその規則を破った方が規則の精神に合致するのではないか?というようなこともたまには起こります。
 
さて、話は変わります。
 
私は學生時代から40年以上にわたって人工知能の研究をしてきました。そして皆さんも知っての通り、深層學習(Deep Learning)が様々な分野で実用的成果を挙げています。コンピュータ囲碁が人間のチャンピオンに勝つのは10年後くらいだろうと我々研究者が考えていたところに、2016年にアルファ碁が突然出てきて韓國のチャンピオンに勝ってしまいました。このような技術革新は今後ますます増えると思います。AIが世の中の様々な分野で使われるようになると思います。
 
一部にはAIに職を奪われるという心配をする人もいます。私はこれは間違っていると思います。AIは道具です。うまく使いこなせば仕事や生活が楽になります。馬車が自動車になって御者という職業はなくなりましたが、その代わりに自動車を作るという職ができました。銀行のATMで窓口の人は減ったようですが、他のサービスで銀行員の総數は増えたそうです。職業は変わります。これはAIがあってもなくても変わるのです。ですから、皆さんはAIを使いこなし、それでできた余裕の時間を有効に使えば良いのです。
 
少子高齢化の時代を迎え、日本は課題先進國と言われています。看護の重要性は今後ますます増え続けるでしょう。これまではどちらかといえば人手中心の看護が行われてきました。看護にとって人の暖かみの重要性は変わるものではありませんが、機械(ロボット)やAIで支援できる部分は多いはずです。これまでも、看護學部とデザイン學部の協働(DxN)で様々なアイデアが生まれてきました。諸君が社會に出てからも、様々な職場でこのようなアイデアを出してくれることを期待します。本學で學んだデザインマインドが役立つはずです。様々な場面で、社會のあり方をデザインし、諸君がこの変化の激しい時代をリードできる人となってくれることを願ってお祝いの言葉とします。

2018年度 札幌市立大學 入學式 學長式辭(2018年4月3日)

本日入學された諸君、札幌市立大學へようこそ。実は私も昨日著任したばかりの3代目學長ですが、この大學へは諸君より1日だけ先輩ということになります。一方で専攻科や大學院に進學された諸君は私の先輩ということになります。
 
さて、私は「おめでとう」とは言いませんでした。大學への入學や進學は新しい學びの出発點です。私が諸君に「おめでとう」と言うのは4年後の卒業式です。大學での學びを無事終えて社會へ巣立つのがゴールです。一方、社會の側から見ればこれは出発點に過ぎません。このように人生は様々な時期の様々な始まりと達成の連続と言えましょう。
 
最近、AIすなわち人工知能の躍進が話題に登ることが多くなりました。明るい未來を描く人と、暗い未來を心配する人がいます。野村総研とオックスフォード大學の共同研究によると20年後には日本の労働人口の半分がAIやロボットで置き換え可能とのことです。技術の発展により一部の職がなくなって行くというのは當然のことです。自動車の発達により御者という職業がなくなりましたが、代わりに運転手や自動車の設計?製造という職が増えました。でも、この運転手という職業も自動運転で置き換え可能な方のリストに入っています。職は無くなるのではなく、変化するのです。ただ、AIの発展でその速度が加速しています。今後の社會はこれまでとは異なるスピードで変化して行くでしょう。
 
これまでの卒業生は、自分の學んだ専門知識を活かして一生働くことができたかもしれませんが、今後はそういうことはごく一部の職業に限られます。おそらく、ほとんどの専門知識が20年持たないという時代がやって來ます。科學的な知見も私が學んだ時と現在ではずいぶん変わっています。諸君はこのような激変の時代に備えて學ばねばならないのです。
 
AIは私の専門分野です。現在はAIの3度目の夏と言われていますが、私が學生として研究を始めた頃は最初の冬でした。それ以來2度目の夏と冬を経験しながら40年間研究して來ました。その結果分かったことを述べたいと思います。人間は體を持ち、この世界の中で生活しながら様々なことを學びます。人類は基本的には同じ體を持ち、同じ環境の中で生活しています。もちろん気溫や肌の色など細かい點は異なりますが、火星や水星の環境とかアメーバの體とかと比べれば本質的には同じと言って構いません。同じ環境で同じことを學ぶので、そこで得たものを英語ではコモンセンスと言います。共通の判斷というような意味です。日本語では常識と訳されますが、若干ニュアンスが異なります。でも、常識も皆が共有している點では同じです。
 
一方でAIやロボットはそもそも生活していません。生活から得る常識が欠如しています。AIに常識を持たせる研究も昔から行われていますが、余り成功していません。多分しばらくの間は無理でしょう。しばらくというのはあと數十年くらいのことです。その先はわかりません。
 
このように常識を持たないAIやロボットにできる仕事というのはどういうものでしょうか?典型的には囲碁や將棋といったゲーム。これらは最早AIが完全に人間を凌駕しています。なぜなら、ゲームは勝ち負けの規則がはっきりと決まっていて、しかも全ての情報がゲームの中にあります。実社會ではこういうことは希です。情報が揃っていて、それを扱う規則も明確なものはAIやロボットの方が得意になる可能性が大です。別の言い方をすれば、決まり切ったルーチンワークの繰り返しが得意です。計算の規則は複雑でも構いません。
 
料理を例にとりましょう。レシピ通り作るのはロボットでOK。人間より正確かもしれません。でも創作料理は體のある人間でないと、その美味しさが評価できません。
 
裁判。情狀酌量とかの最終判斷は人間でしょうが、法律や判例を調べたりするのはAIの方がうまいはずです。
 
看護も場面で得手不得手が分かれますね。感情的なケアはやはり人間でしょうが、下の世話なんかはロボットの方が患者さんも気楽だと思います。
 
ざっくりと分けると、専門知識を必要とする分野はAI、生活に根ざした総合的判斷は人間というところでしょうか。
 
経済界ではT型人材を求める聲がずいぶん昔から上がっています。アルファベットの大文字のTです。縦棒が深い専門知識、橫棒が幅広い興味、あるいはリベラルアーツと呼ばれる、社會の一員としての資質です。今後はこの橫棒が益々大事になって來ます。別の言い方をすると生活に根ざした総合的判斷能力を伸ばせということです。ここ札幌市立大では少なくとも看護とデザインという異なる學部の交流が期待できます。異なる分野の研究に興味を持ち、それを理解する能力を伸ばしてください。
 
一方で専門知識は先に述べたように急速に変化して行きます。これを全て吸収するのはAIの方が得意でしょう。IBMのWatsonというAIシステムはJeopardyというクイズ番組でチャンピオンに勝ったことで有名になりましたが、その時に使ったWEBの検索能力を最近では醫療に応用しています。聞くところでは醫療分野の論文は毎日3千本にも登るそうです。これには新しい薬や癥例の情報が含まれています。人間の醫者が毎日3千本もの論文をチェックすることは到底不可能ですが、Watsonはこれをこなします。AIを脅威に感じるのではなく、良い道具だと思って人間の醫者がWatsonを秘書代わりに使えば良いのです。
 
これからの社會は與えられた仕事をこなすだけではなく、次々と出てくる新しい技術を如何に使いこなすかという能力が求められます。受身的に使いこなすのではなく、新しい使い方を考えたり、さらには新しい道具を考えたりする能力が求められます。これは広い意味でのデザインです。私は「社會のデザイン」と言っています。自分たちの住む社會を自分たちでデザインするのです。看護に関して言えば、より良い看護のあり方をデザインするのです。看護學部の學生にとってデザイン學部の存在は貴重なものになるはずですし、デザイン學部の學生にとっては看護という実踐現場が隣にあるというのは幸運です。
 
アランケイという有名なコンピュータ研究者が次のようなことを言っています。
The best way to predict the future is to invent it.
未來を予測する最も良い方法はそれを発明することである。
 
私はこれを少し変えて
The best way to predict the future is to DESIGN it.
未來を予測する最も良い方法はそれをデザインすることである。
と言っています。
 
AIに代表される情報技術は物理法則に支配されません。ある意味、思いつけば何でも実現できます。思いつく力、つまりデザイン力が大事です。
 
諸君が未來の社會をデザインできる人に育つことを祈ってこの言葉を贈り、歓迎の言葉とします。
The best way to predict the future is to DESIGN it.

国产在热线精品视频99